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鳥取地方裁判所 昭和30年(ワ)170号 判決 1956年7月26日

原告 高住良吉 外四名

被告 鳥取県

主文

被告は

原告高住良吉、同雑賀亮に対し各金十六万四千八百七十六円同小谷房江に対し金十万二千三百七十二円

同奥田力治、同山本弥之亮に対し各金十四万四千二百二十六円及び右各金員に対する昭和三十年九月二十九日から完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

原告等のその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを五分しその三は原告等の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実

原告等代理人は「被告は原告高住良吉、同雑賀亮に対し各金六十四万二千六百円、同小谷房江に対し金三十三万二千八百五十円、同奥田力治、同山本弥之亮に対し各金六十八万八千七百五十円及びこれらに対する昭和三十年九月二十九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、(一) 原告高住良吉は大正十年三月三十一日鳥取市日進尋常小学校訓導として勤務以来岩美郡成器国民学校長、鳥取市明徳小学校長等を歴任し昭和二十七年三月三十一日鳥取市立日進小学校長に補せられ、昭和三十年四月二日迄三十四年間勤続した者であるが、鳥取県の教育職員の定数の減少、予算の減少により同日非違によることなく所轄鳥取市教育委員会の強い退職勧奨を受け已むなく退職し、その際月俸は一般職の職員の給与に関する法律別表第六の九級特四号俸(以下単に何級何号俸と称す)金四万五千九百円であつた。

(二) 原告雑賀亮は大正十年三月三十一日西伯郡幡郷小学校訓導として勤務以来東伯郡浅津小学校長、西伯郡日吉津小学校長等を歴任し、昭和二十三年三月三十一日米子市立五千石小学校長に補せられ昭和三十年三月三十一日迄三十四年間勤続した者であるが、同日(一)同様事由により已むなく退職し、その際月俸は九級特四号俸金四万五千九百円であつた。

(三) 原告小谷房江は昭和三年三月三十一日鳥取市大郷尋常高等小学校訓導として勤務以来同千代水尋常高等小学校、日進小学校訓導等を歴任し、昭和二十一年三月三十一日鳥取市立遷喬小学校教諭に補せられ昭和三十年三月三十一日迄二十七年間勤続した者であるが、同日(一)同様事由により已むなく退職し、その際月俸は七級特五号俸金三万千七百円であつた。

(四) 原告奥田力治は大正九年三月三十一日気高郡中郷小学校訓導として勤務以来、鳥取県立倉吉中学校教諭、気高郡青谷中学校長等を歴任し、昭和二十五年三月三十一日鳥取市立北中学校長に補せられ、昭和三十年三月三十一日迄三十五年間勤続した者であるが、同日(一)同様事由により已むなく退職し、その際月俸は十級特三号俸金四万七千五百円であつた。

(五) 原告山本弥之亮は大正九年三月三十一日八頭郡国中小学校訓導として勤務以来、同郡富沢小学校長、河原国民学校長等を歴任し、昭和二十二年四月一日同郡船岡町立船岡中学校長に補せられ、昭和三十年三月三十一日迄三十五年間勤続した者であるが、同日(一)同様事由により已むなく退職し、その際月俸は十級特三号俸金四万七千五百円であつた。

二、鳥取県に於ける教育職員の退職金については、鳥取県職員退職手当支給条例(以下単に条例という。)の定めるところによるのであり、条例第四条によれば、定数の減少又は予算の減少により過員を生ずることに因り、或は強い勧奨を受けて退職した者で任命権者が知事の承認を得たものは同条の定める額の退職手当を支給されることになつているが、

(一)  鳥取県教育委員会は昭和三十年一月十八日教育委員会鳥取県連合協議会において、県下各地方教育委員会より県当局との予算折衝に伴う一切の件の委任を受け、若しくは自らの権限に基いて同年二月中旬頃県知事との予算折衝において教育職員定数七十二名減に伴う措置として、原告等を含む勧奨退職者に対し、条例第四条を適用することの承認を得たものである。

(二)  仮りに条例第四条適用につき明確な承認がなかつたとしても(一)の予算折衝において県庁職員と同等に取扱うこと、即ち、県庁職員に承認を与える場合には教育職員にも承認を与える旨の停止条件付の承認があり、右条件は県庁職員二十八名の退職者に昭和三十年五月から六月三十日迄に承認したので遅くとも六月三十日に成就し承認の効果が発生した。

(三)  仮りにそうでないとしても、昭和三十年九月二十一日県教育委員会と県知事との間に退職手当に関する覚書を取交した際右承認があつたものである。

(四)  条例第四条の知事の承認は単に事務上、手続上形式的に当然なされるもので、裁量の余地のない覊束された行為である。又そうでなくて、その承認が法律上意味を有し、実質的運用を知事の恣意にまかせ乱用することができると解するならば、本条例はその限度において、憲法第十四条地方公務員法第二条第十三条に違反し無効である。

(五)  又仮りに知事の承認がないとしても本件の如き場合は鳥取県人事委員会の条例第四条運用基準(甲第六号証)の第四条を適用すべき事案に該当するから当然条例第四条適用の法律効果が発生している。

三、よつて、原告高住良吉、同雑賀亮はいずれも条例第四条の定むるところにより金百六十六万六千百七十円の退職金を受ける権利を有するのに内金百二万三千五百七十円の支払いを受けたのみであるから残額金六十四万二千六百円。

原告小谷房江は右条例第四条の定むるところにより金八十八万四千四百三十円の退職金を受ける権利を有するのに内金五十五万千五百八十円の支払いを受けたのみであるから残額金三十三万二千八百五十円。

原告奥田力治、同山本弥之亮はいずれも右同様に金百七十八万千二百五十円の退職金を受ける権利を有するのに内金百九万二千五百円の支払いを受けたのみであるから残額金六十八万八千七百五十円及び右各金員に対する訴状送達の翌日である昭和三十年九月二十九日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを述めると述べ、

被告の主張に対する答弁として、本件訴訟は行政処分の取消変更を求める所謂抗告訴訟ではなく、既に生じている退職手当債権に基いてその支払いを求めるのであるから抗告訴訟であることを前提とする被告の主張はすべて理由がない。又、原告等の退職理由は依願免職、自己便宜などであり、鳥取県退職手当支給条例第三条の定むるところにより全額支払つてあるし原告等は異議なく受領したとの点は否認する。特別昇給は地方教育委員会がなしたもので有効であり、又一般職の職員の給与に関する法律第八条、第五項、人事院規則九-九第十三項により発令され、何等違法な点はないと述べた。<立証省略>

被告代理人は「原告等の訴を却下する」若しくは「原告等の請求を棄却する」旨の判決を求め本案前の抗弁として、

公務員の退職金請求権は公法上の債権であるから同請求権に基き金銭給付を求める本件訴訟は行政事件訴訟に属するものである。被告は原告等に対し鳥取県教育委員会が条例の規定に従い裁定した退職手当全額を支払済である。よつて本件訴訟は形式的には民事訴訟であるけれども、実態は鳥取県教育委員会のなした右行政処分の変更を求めるものであつて行政事件訴訟に属するものである。そうだとすれば、

(一)  行政事件訴訟において、裁判所に行政庁に対する特定の作為を求める給付訴訟を提起することは違法である。

(二)  行政処分の変更を求める訴訟は当該行政処分をなした行政庁を被告とすべきであるから被告は当事者適格を有しない。

(三)  退職手当については異議申立又は訴願制度があるのに、その手続を怠つており訴願前置主義に反するものである。よつて、右のいずれの点からみても原告等の訴は不適法で却下を免れない。

請求原因に対する答弁として、

請求原因第一項は、原告等の退職事由中予算減少により定数減のあつたことを除いた点並に退職時の月俸の点は否認するがその余は認める。原告等の退職理由は依願免職、自己便宜である。原告等の退職時における月俸は高住、雑賀はそれぞれ九級七号俸で金三万六千七百円、小谷は七級八号俸で金二万六千二百円、奥田、山本はそれぞれ十級三号俸で金三万八千百円であり、原告等の主張する月俸は教育委員会が退職手当計算の基礎として用いるべく県教育委員会事務局学事課長により決定されたもので、昇給の効力はないし、昭和二十六年三月三十一日人事院細則九-八-二「初任給昇格、昇給等の実施細則」第二十四項第二十五項に違反し無効なものである。請求原因第二項(二)のうち県庁職員二十八名に対しその項四条適用の承認のあつたことは認めるが、その余は全部否認する。

尤も、昭和三十年二月中旬における予算折衝において知事は県庁職員と不公平な取扱いはしないようにする旨を承認したが、これを以て直ちに県庁職員に四条を適用することを停止条件として四条適用の承認があつたと云えない。

条例第四条による退職手当は任命権者が知事の承認を得ることが条件となつているのであるが原告等はいずれも市町村立学校の職員であるから任命権者はそれぞれ当該地方教育委員会であり、一の行政庁が他の行政庁にその権限の一部を委任するためには特に法律に委任を許す旨の規定の存する場合に限られるのに何等規定されていない。又任命権者としての地方教育委員会の権限は県教育委員会に予算編成権が帰属していてもその権限に含まれると解することはできない。従つて仮に県教育委員会が承認を受けたとしても無効である。

次に昭和三十年九月二十一日に至つて知事と県教育委員会との間で、三条と四条との略中間の四百万円を昭和三十一年度当初予算に計上して教育職員の整理退職者に支給する旨の妥協が成立し覚書が作成されたがこれは第四条の適用の承認でなく、三条と四条の中間の額を支払うという申合せに過ぎないのであつて四条適用云々の言葉は政治的配慮から用いられたものである。仮にそうでないとしても条例第三条と第四条のいずれによるべきかは択一的に決定せらるべきもので中間的措置は認められないから右覚書は条例に違反し、実務上も実施不能な措置(条例施行細則第二条参照)を取決めたものであり、且、地方自治法施行令第百四十六条第一号の規定により、原告等に対する退職手当は昭和三十年度予算から支払われなければならないから支出することができないこと明白である。地方公共団体が法令に違反して事務処理した場合にはその行為は無効である故覚書の内容は無効である。更に覚書は県教育委員会が教員組合及び地方教育委員会と折衝するための案についての申合事項に過ぎず、右折衝により組合並びに地方教育委員会が納得したら実施するという前提条件の下に作成されたもので直接即時知事の実施を義務づける行政行為ではない。然るにその納得は得られていない。又覚書は原告等が訴訟を提起すれば効力を失う旨の解除条件附行政行為であるかまたは知事と県教育委員会との間で同様趣旨の諒解がなされていたものであるから、本件訴訟の提起された以上失効している。以上の理由により昭和三十年九月二十一日承認がなされたことはない。原告は条例第四条が知事の承認を要件として規定することは無意味な規定であるとするが、退職者に優遇措置を講ずることは予算を考慮して決定すべきことであるから、無意味なものではない。又鳥取県人事委員会委員長より知事に申入れのあつた運用基準を根拠にして承認がなくてもよいと主張するが、右基準は法律上何らの効力もなく、公平を期するための取扱基準に過ぎない。

請求原因第三項中、原告等に対し夫々主張の如く金額を支払済みであることは認めるがその余は否認すると述べた。<立証省略>

理由

先ず、本案前の抗弁について判断する。

被告代理人は原告等の本件訴は行政庁に対し特定の作為を求める給付訴訟であるから違法であり、又行政処分の変更を求めるものであるから当該行政処分をなした行政庁を被告とすべきである故、被告は当事者としての適格を有しないのみならず、異議、訴願を申立てることができるのにその手続を怠つているから違法である旨主張するけれども、右の主張はいずれも本件訴訟が所謂抗告訴訟であること又は抗告訴訟であるべきことを前提としていると解せられるから、果して本件訴訟は一定の行政処分の効力を争うべきものかどうか換言すれば本件退職金の具体的請求権は一定の行政処分を俊つてはじめて取得されるものかどうかについて検討しなければならない。

条例によると、本件に関係する第三条、第四条には夫々退職手当を支給する場合の要件並に算定の基礎を定めており、細部の事務的な支給手続については第十四条により知事が定めることにしているが、退職手当の支給につき裁定等の行政処分を要する旨の規定は条例上全然存しない。然るに右条例の施行細則をみると、その第一条に市町村立学校職員については市町村教育委員会が関係書類を整えて県教育委員会に提出することになつておりその第二条によれば同委員会は右書類を受理したときはこれを審査し、計算書類に不備の点がないと認めたときは、直ちに、退職者に裁定通知書を交付すると共にその支払を行わなければならない旨定められている。そこで右規定の趣旨を条例と対比して考えると、右に云う裁定通知書の交付は専ら計算書類に不備の点があるかどうかを調査し不備の点がないと認めた場合に交付されるもので、事務的確認に過ぎず、これによつてはじめて退職手当を受ける権利を形成するものとは解されない。従つて条例に規定する各要件が具備されれば退職手当を受ける権利は当然に生ぜるものと解するのが相当であり、退職者は退職金を請求する為に抗告訴訟を以て行政処分を争う必要はない。ところで、原告等の請求原因によれば、原告等は条例第四条の要件が存在するからその権利は発生している故、これに基いて支払いを請求すると云うのであるから抗告訴訟として本件訴訟を提起したものでないことは明らかであり、被告の抗弁は総て理由がないと云わなければならない。

次に本案について判断する。

原告高住良吉は大正十年三月三十一日鳥取市日進尋常小学校訓導として勤務以来岩美郡成器国民学校長、鳥取市明徳小学校長等を歴任し、昭和二十七年三月三十一日鳥取市立日進小学校長に補せられ、昭和三十年四月二日迄三十四年間勤続した者であり、昭和三十年四月二日に退職したこと、原告雑賀亮は大正十年三月三十一日西伯郡幡郷小学校訓導として勤務以来東伯郡浅津小学校長、西伯郡日吉津小学校長等を歴任し、昭和二十三年三月三十一日米子市立五千石小学校長に補せられ、昭和三十年三月三十一日迄三十四年間勤続した者であり、昭和三十年三月三十一日退職したこと、原告小谷房江は昭和三年三月三十一日鳥取市大郷尋常高等小学校訓導として勤務以来同千代水尋常高等小学校、日進小学校訓導等を歴任し、昭和二十一年三月三十一日鳥取市立遷喬小学校教諭に補せられ昭和三十年三月三十一日迄二十七年間勤続した者であり、昭和三十年三月三十一日退職したこと、原告奥田力治は大正九年三月三十一日気高郡中郷小学校訓導として勤務以来、鳥取県立倉吉中学校教諭、気高郡青谷中学校長等を歴任し昭和二十五年三月三十一日鳥取市立北中学校長に補せられ、昭和三十年三月三十一日迄三十五年間勤続した者であり、昭和三十年三月三十一日退職したこと、原告山本弥之亮は大正九年三月三十一日八頭郡国中小学校訓導として勤務以来同郡富沢小学校長、河原国民学校長等を歴任し、昭和二十四年四月一日同郡船岡町立船岡中学校長に補せられ、昭和三十年三月三十一日迄三十五年間勤続したものであり昭和三十年三月三十一日退職したこと及び予算の減少により過員を生じ教育職員の定数の減少があつたこと、県庁職員二十八名の退職者に対し昭和三十年五月から六月三十日迄に条例第四条の承認のあつたこと、原告高住良吉、雑賀亮にそれぞれ百二万三千五百七十円、原告小谷房江に五十五万千五百八十円、原告奥田力治、山本弥之亮にそれぞれ百九万二千五百円を退職金として支払済であることについては当事者間に争いのないところである。ところで、鳥取県職員に対する退職手当の額は条例第三条の定めるところであるが、整理退職者、勧奨退職者で知事の承認を得たもの等については条例第四条に定める退職手当を支給されることになつて居り(別紙条例抜萃参照)原告等は右第四条の適用あることを主張しているので、先づ、原告等の退職事由について考えてみるのに、証人宮崎正雄、同安田貞栄、同大島高蔵、同上田基之賢の各証言によれば、昭和三十年度の鳥取県予算を編成するに際し予算節約のため、教育職員を整理することにし、その結果小学校、中学校の教育職員の定数は七十二名減少することになり、之に伴う整理の為原告等が退職したことを認めることができるのであつて、成立に争いのない乙第一号証の一によると原告高住良吉は退職事由は願いによるものとされ、同じく乙第二号証の一によると原告雑賀亮は退職事由は自己便宜によるものとされ、同じく乙第四号証の一によると原告奥田力治は退職事由は依願免職によるものとされ、同じく乙第五号証の一によると原告山本弥之亮は退職事由は自己便宜によるものとされ、被告も亦此の旨主張するが右退職事由の記載は前記各証言に照らし措信し難いものである。他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

そこで原告等の退職手当について条例第四条に定める知事の承認があつたか否か検討するに、原告等は先ず鳥取県教育委員会は昭和三十年二月中旬頃当局との予算折衝の席上第四条適用の承認を知事から得た旨主張するが、原告等の主張に副うような証拠は存しない。原告等は仮にその際無条件の承認がなかつたとしても県庁職員退職者に対し、第四条適用の承認が為されたならば、教育職員退職者に対しても同様の承認をなす旨の停止条件附承認が為されたと主張するが、此の主張も亦之を認めるに足る適格な証拠がない。尤も、証人宮崎正雄、同大島高蔵の各証言によれば、その際県当局が一般職員と教育職員との間に退職につき不平等な取扱いをしない旨の諒解を与えたことは認められるが、之を以て直ちに知事が第四条適用の停止条件附承認なる行政行為をなしたものといえないことは明らかである。

次に原告等は昭和三十年九月二十一日県教育委員会と県知事間の覚書により知事の承認を得た旨主張するので判断するに成立に争いのない甲第七号証の覚書によれば鳥取県知事と鳥取県教育委員会の間に昭和三十年度教育職員の退職手当支給の取扱いについて昭和三十年九月二十一日交渉が円満に妥結し、覚書を双方交換するに至つたことが認められるのであり、右覚書第五項によると「県は昭和三十年度予算定員の職員に伴う退職者中五十七名につき条例第四条を適用することを次の条件を附して承認する。一、第四条を適用することによつて生ずる退職金の追加額(第四条適用支給額と既支給額若しくは支給予定額との差額)は総額四百万円以内とする。二、前号の退職金追加支給額については、昭和三十一年度当初予算に計上して支給する。三、退職手当額は退職時の特別昇給を除いた本俸について条例第三条を適用した額と第四条を適用した額との差額に対し、次の割合を乗じて得た額とする。但し支払済の差額は控除する。完全退職者については七割二分以内切換採用者については六割以内。四、本措置は今後の退職者に対しての例とはしない。」旨記載されている。もとより右覚書が原告等主張の如き第四条の無条件適用を承認するものでないことはいう迄もないが、条例は承認につき別段の形式を要求していないから、之をかゝる形式に於て為された一の制限的承認と見ることには何等の支障もない。(承認の相手方である任命権者が覚書の当事者でない点については後述。)

被告は覚書第五項は条例第四条を適用することの承認ではないのであつて、三条と四条の中間の額を支払う申し合せに過ぎず四条適用云々の言葉は政治的配慮から用いられたものであるというのであるが、前記甲第七号証及び証人大島高蔵、同河合弘道、同宮崎正雄、同上田基之賢の各証言によれば単なる政治的配慮から用いられたものと認め得ない。

次に被告は条例第四条による退職手当は任命権者が知事の承認を得ることが必要であり、原告等はいずれも市町村立学校の職員であるから任命権者は当該地方教育委員会であり、その権限の委任は特に法律に規定のある場合に限られ又県教育委員会の権限自体にも地方教育委員会に代つて承認を求める権能は含まれていないから覚書第五項は無効であると主張するので考えるに、承認が任命権者たる地方教育委員会に対する承認であるべきことは条例上明らかであり、右覚書の当事者が県教育委員会であることは前認定の通りであるが、右覚書第五項の承認ももとより当該地方教育委員会に対する承認と解せられるから、問題は右承認が適法に通告せられたか否かの点にある。然し、県教育委員会は教育委員会法の定めるところに従い県教育予算の編成権を有しその折衝の事務に当るのであることは明らかであり後に説示する如く条例第四条に定める知事の承認は専ら財源、予算編成面からの抑制調整の機能を有することに着眼すればこの承認もかゝる機会に行われることの多いことは容易に推定されるところであり、又それで目的を達せられる故に、県教育委員会は予算編成権に伴つて知事の承認の通告を受ける権限を有すると解すべきであり、必ずしも任命権者に直接通告せられる必要はないものと解する。従つて被告の此の点に関する主張は理由がない。

これに対し被告は右覚書の第五項は、条例によれば退職手当は第三条によるか第四条によるかいずれか択一的に決められるべきであるのに、四条と三条適用のほゞ中間の四百万円を追加支給することになり、これは条例に違反し、実施不能な措置で無効なものであると云うのであるが、教育委員会制度の本旨及び教育委員会と県との関係について考察をめぐらすならば、第三条と異り第四条において知事の承認を要件としたことは一に予算の円滑なる執行を確保するために外ならないと解すべく、又此の限りにおいてその合理的意味を認めるべきである。(乙第十八号証参照)故に承認をするに当つてはその予算に及ぼす影響を考慮すべきは当然であるが、その時々の財源の状況と対照してその可能な範囲において行われるのであるから、その額においても一定不変のものがあるわけでなく、融通性を有するものと解すべきである。従つて条例第四条が算定の基礎を定めているのは承認により支出さるべき最高限を規定しているものと云うべきであり、その範囲内に於て制限的承認をしたとしても之を無効とすべき理由がない。被告は更に右覚書第五項は地方自治法施行令第百六十六条第一号の規定に違反し無効である旨主張するのであるがこれは予算操作の一方法を示したに過ぎないとみるべきであるから、仮に所論のとおり違法であるとしても承認の効果まで失わせるものとは解し得ない。

次に被告は右覚書は県教育委員会が教員組合及び地方教育委員会と折衝するための案であり組合及び地方教育委員会が納得して始めて実施さるべく予定されてなされたもので、直接即時知事を義務づける行為ではなく、その納得は得られてないから覚書は無効であると主張するけれども、第一に覚書全体として之を考えると、仮に覚書を取交すに至つた動機経緯に於て被告主張のような点があつたとしても、取交された覚書は飽く迄作成当事者である県知事と県教育委員会の間の協定として両者を拘束する効力を有し、且之にて足る筈であるから(従つて両者の権限に於て実施し得るものは実施し、然らざるものは実施に努力する義務を負う。)覚書の条項中に地方教育委員会及び教員組合のみならず一般県職員の納得協力が得られなければ事実上実施困難なもののあることは否定しないが、このことによつて覚書自体が無効になることは考えられないし、第二に第四条適用の承認の点に限つて考えれば、承認なる行為の性質から見て爾後に於ける地方教育委員会や教員組合が之を納得するか否かによつてその効力が左右されるとは解し難い。而して右趣旨に反して被告主張を肯認するに足る証拠はないから、被告の右主張は排斥を免れない。又被告は仮に之が承認であつても原告等が本件につき訴訟を提起すれば効力を失う旨の解除条件付になされた承認であると主張するが、覚書にはかような条件の記載はないから、仮に県知事が訴訟その他の紛争を回避する意図で覚書を作成したものであつたとしても、覚書の効力につき之が解除条件をなすものとは認め難く、被告の右主張に副う証人上田基之賢、同村田敬次郎の各証言は措信できない。故に甲第七号証の覚書によりなされた知事の承認はそれにより認められた限度において有効に存続している。

更に、原告等はもともと条例第四条は所定の退職事由に該当する者については知事の承認がなくとも当然適用されるべきものと主張し、その理由として第一に、承認は単に事務上手続的形式的に当然なされる覊束行為で無意味なものであるとするが、承認は前に認定したとおり財源と予算との調整の機能を有するもので決して無意味なものではない。又、原告等は第二に承認が法律上意味を有し実質的運用を知事の恣意に任せ乱用することができるならば本条例は憲法第十四条、地方公務員法第二条第十三条に違反し無効であると主張するが、知事の恣意に任せ乱用することが許されるわけではないから平等の原則に違反した条例とは云えない。従つて被告の右主張は理由がない。

尤も、本件に於ては、以上述べた如く原告等教育職員に対しては、第四条適用の制限的承認がなされ、県庁職員に対しては無条件の承認がなされたのであるから、現実には知事の承認権が不公平に乱用された疑いがないではない。然し、再三述べる如く承認は本来第四条適用に対する財政面からの控制として合理的意味を有するのであり、条例はかような意味に於て知事に承認権の適正な行使を期待しているのであるから、たまたま事実上承認権が乱用されたとしても、それによつて承認の制度自体が無意味又は違法となる理由はない而して事実上、承認権の不当な行使により承認さるべくして承認されなかつた者、或は無条件の承認を受くべくして制限的承認しか得られなかつた者は、当然異議申立訴願等による行政的救済を求め得る筈であるし、もしもその不当が違法と看做される場合であれば、何等かの形で司法的救済を求めることも可能であろう。然し乍ら、本件は飽く迄も第四条適用を前提とした退職金請求訴訟であるから、第四条適用につき知事の承認を要するとなす以上、本件に於て判断すべき事項は承認の有無程度にとどまり、承認しなかつたこと或は無条件承認をしなかつたことの当否は判断の限りでない。

なお知事の承認がなくても本件のような場合は鳥取県人事委員会の第四条運用基準に適合する事案であるから当然承認の効果がある旨の被告の主張の理由のないことは、主張自体に於て明らかである。以上の事実によれば昭和三十年九月二十一日県教育委員会と県知事との間に取交わされた覚書によつてのみ知事の承認がなされたのであり承認の効果は覚書第五項に定められた内容に従つて即時発生しているものである。その内容を検討すると第四条適用の承認によつて生ずる退職金の追加額は総額四百万円以内とし、退職手当額は退職時の特別昇給を除いた本俸について条例第三条を適用した額と第四条を適用した額との差額に対し、完全退職者については七割二分以内、切換採用者については六割以内を乗じて得た額とし、支給済の分は控除して計算することになる。而して、右の七割二分以内及び六割以内とあるのは七割二分及び六割を承認したものと解すべきことは承認の性質上当然であるし、又証人大島高蔵の証言によれば右の四百万円以内とあるのは覚書第五項によつて計算した場合退職金追加額の総額が四百万円で押えられる為にかように記載されたもので別個の制限を付したものではないと認められるから、個々の退職手当の算定にあたつては之を顧慮する必要はない。

更に又、本件に於ては退職手当算定の基礎となる原告等の退職時の本俸に関し、退職時の特別昇給の有効無効が争われているが、右の基準によれば特別昇給分を除いたものが退職時の本俸として算定の基礎になるのであるから、特別昇給の効力如何については判断の必要がない。(従つて以下に於て退職時の本俸という場合は特別昇給前のものを指す。)次に右の基準によれば、原告等が完全退職者であるか、切換採用者であるかが問題になるが、被告は原告等が切換採用者である旨主張していないし、本件資料中切換採用の事実を窺う証拠もないから、原告等は右に所謂完全退職者と推定する。

而して、成立に争いのない乙第一乃至五号証の各二によれば、原告高住良吉、同雑賀亮の退職時の本俸はいずれも九級七号俸金三万六千七百円、原告小谷房江のそれは七級八号俸金二万六千二百円、原告奥田力治、同山本弥之亮のそれはいずれも十級三号俸金三万八千百円であることは明らかであり、前説示の如く原告高住良吉、同雑賀亮の勤続期間が各三十四年間、原告小谷房江のそれが二十七年間、原告奥田力治、同山本弥之亮のそれが各三十五年間であることは当事者間に争いない。

よつて、右基準を原告等に当篏めて計算すると(別紙条例抜萃参照)原告高住良吉については、第三条を適用した額と第四条のそれとの差額は金五十一万三千八百円であり、これに七割二分を乗じた額は金三十七万三十六円で先に認定した既に支給済の額を控除すると残金は十六万四千八百七十六円になり、原告雑賀亮についても右と全く同じである。次に原告小谷房江については第三条適用の額と第四条適用の額との差額は金二十七万五千百円でありこれに七割二分を乗じた額は十九万八千七十二円で先に認定した既に支給済の額を控除すると残金は十万二千三百七十二円になる。原告奥田力治については第三条適用と第四条のそれとの差額は金六十八万五千八百円であり、これに七割二分を乗じた額は四十九万三千七百七十六円で先に認定した既に支給済の額を控除すると残金は十四万四千二百二十六円になる。原告山本弥之亮についても右と全く同じである。

被告は右各金額とこれに対する訴状送達の翌日である昭和三十年九月二十九日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いをすべき義務がある。

よつて原告等の請求は右の限度において正当として認容すべく、その余は失当として棄却することにし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九十二条を適用し、仮執行の宣言の申立は適当でないので附さないことにし、主文のとおり判決する。

(裁判官 胡田勲 浜田治 矢崎健)

決定

本判決中明白な誤謬を発見したので、

一、主文第一項中、金十六万四千八百七十六円とあるのを金十六万四千七百七十六円、金十四万四千二百二十六円とあるのを金十八万一千五百六十四円、

二、理由中、退職金算定に関する説示部分中、金三十七万三十六円とあるのを金三十六万九千九百三十六円、金十六万四千八百七十六円とあるのを金十六万四千七百七十六円、金六十八万五千八百円とあるのを金五十五万二千四百五十円、金四十九万三千七百七十六円とあるのを金三十九万七千七百六十四円、金十四万四千二百二十六円とあるのを金十八万一千五百六十四円、

と各更正する。

昭和三十一年七月二十六日

鳥取地方裁判所民事部

裁判長裁判官 胡田勲

裁判官 浜田治

裁判官 矢崎健

鳥取県職員退職手当支給条例抜萃

第三条次条の規定に該当する場合を除く外、退職した者に対する退職手当の額は、退職の日におけるその者の給料月額(給料が日額で定められている者については、給料日額の八割相当額の二十五日分に相当する額。以下同じ。)に、その者の勤続期間を左の各号に区分して、当該各号に掲げる割合を乗じて得た額の合計額とする。

一 一年以上十年以下の期間については、一年につき百分の六十

二 十一年以上二十年以下の期間については、一年につき百分の六十五

三 二十一年以上三十五年以下の期間については、一年につき百分の七十

四 三十六年以上の期間については、一年につき百分の六十五

前項に規定する者に対する退職手当の額は、その者が左の各号に掲げる者に該当するときは、同項の規定にかかわらず同項の規定により計算した額に当該各号に掲げる割合を乗じて得た額とする。

一 勤続期間一年以上五年以下の者 百分の五十

二 勤続期間六年以上十年以下の者 百分の七十五

第四条定数の減少若しくは組織の改廃又は予算の減少により過員又は廃職を生ずることに因り退職した者で任命権者が知事の承認を得たもの(以下「整理退職者」という。)勤務機関の移転に因り退職した者又はその者の非違によることなく勧しようを受けて退職した者で任命権者が知事の承認を得たもの、国家公務員共済組合法(昭和二十三年法律第六十九号)別表第二に掲げる程度の廃疾の状態にある傷い疾病に因り退職した者及び死亡に因り退職した者に対する退職手当の額は、その者の給料月額に、その者の勤続期間を左の各号に区分して、当該各号に掲げる割合を乗じて得た額の合計額とする。

一 一年以上十年以下の期間については、一年につき百分の九十

二 十一年以上二十年以下の期間については一年につき百分の百五

三 二十一年以上三十五年以下の期間については、一年につき百分の百二十

四 三十六年以上の期間については、一年につき百分の百五

以上

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